慈明院のご案内

 

開山の由来

 

昭和43年夏、ある親子がお坊さんになる為の「得度式(とくどしき)」に臨んだ。


息子は両下腿切断の障がいを持った17才、父は齡50才での出家であった。息子の高校卒業後の進路を、高野山での僧侶の修行に定めて、ひとりでは寂しかろうと父は一緒にお坊さんの道に入った。

父の名は吉住義夫(よしお)(僧名・慈(じ)水(すい))、息子の名は直倫(なおみち)(僧名・明海(みょうかい))、後の慈明院開山和尚と開祖第一世住職である。


ゼロから寺院を建立する事は大変な困難を伴う。躊躇う息子に父は諭した「お前と俺の行場(ぎょうば)(修行の道場)を作るのだ。寺などと生意気な事は考えるな!」

昭和50年11月、高野山での修行を終えた息子を、父は自ら石を運び、土を興して建立した寺に迎えた。

 

開祖・吉住明海

慈明院開祖・第一世住職、1951年福岡市生まれ、幼少期に福岡市内を走っていた路面電車との交通事故で、両足の半分を切断。

自分の道を求めて高野山での修行を決意、17才で出家得度、1975年高野山大学仏教学科卒業。

福岡市早良の地に新寺建立した慈明院第一世住職となり、父・慈水と共に堂塔伽藍を整え布教活動に邁進する。両足義足のハンデを感じさせない大きな体と明るい人柄で、布教・講演活動を全国各地で展開。

笑いと涙の人間味あふれた法話にはファンも多かった。2015年3月遷化、行年満63才。主な法話著書「風吹くままに」など

慈明院の仏様

ご本尊:大黒天 福を授ける財運、農耕、台所の仏様。
ご本尊の大黒天は桜の一木造りにて慈水和尚の念持仏。
本堂内陣左右に安置される900体の大黒天は、慈水和尚の手作りによる土造りの脇仏。慈明院建立を護持して下さった大黒天への報恩行として、生前に慈水和尚が一人で造仏したものである。

大師堂ご本尊:弘法大師 高野山を開創した平安時代の僧・空海上人、朝廷より弘法大師と諡号される。高野山真言宗の宗祖であり、慈明院大師堂のご本尊としてお祀りされている

大聖(だいしょう)歓喜天(かんきてん) インドの神様・ガネーシャを発祥とする聖天(しょうてん)様の名前で親しまれる仏教の護法神。

七代の福を一代で取ると云われており、非常に強い力を持った神仏とされる。      慈明院住職の守り本尊とされ、開祖第一世・明海和尚の念持仏であった。